自分軸はわがまま?【自分軸で生きることとわがまま・自己中の違いを徹底解説】

相談者

自分軸で生きることとわがままや自己中って何が違うの?

自分軸はわがままな生き方に感じるなぁ…。

ゆめ

自分軸とわがままは似たように見えて、実は全くの別物。

決定的な違いは「他者との間に健全な境界線があるか・ないか」になってくるよ。

この記事では、自分軸とわがままの違いを徹底解説するね!

この記事の内容
  • 自分軸とわがままの決定的な違いを解説
  • なぜ、自分軸をわがままと感じるのかの原因を解明
  • 自分軸になっていく方法とおすすめの書籍紹介
この記事の信憑性
ゆめプロフィール
Twitter:@hikarinoshinri

私は長年、人の評価を気にする他人軸で生きてきました。


いい子であろうとし、「自分の願いを叶えること=わがままであり、いけないこと」という価値観を持っていました。


そんな私が、現在は自分軸で願いを叶えていく生き方を伝えています。


「自分軸=わがまま・自己中」と思ってきた私が、自分軸とわがままの違いを解説していきます。

目次

自分軸とわがままの決定的な違い

自分軸とわがままの決定的な違いイメージ

自分軸の「軸」とは、「人生における主軸」を意味します。


つまり自分軸とは、人生の主軸を「自分の価値観」においた生き方のこと。


自分軸で生きている人は「〜したい」「〜でありたい」という自分の信念や気持ちを何よりも大切にしています。


そのため、周りの評価や意見に振り回されることがなく、真っ直ぐに自分の信じた道を歩むことができるのです。


そんな自分軸とわがままの決定的な違いは、「他者との間に健全な境界線があるか・ないか」になってきます。


わがままと近い言葉に自己中という言葉がありますが、自己中には次のような意味があります。

自己中心性 (じこちゅうしんせい)

自分と他人が区別できないこと。


具体的には、主観的スキーマを客観的現実から導くことができないこと。


また自分以外の視点を正確に想定・理解することができないことである。


一般的に「自己中(ジコチュー)」と略される。

つまり、他者との境界線があいまいになり、「自分考え=他者の考え。自分が正義」と考えるのがわがままや自己中の状態です。


結果、わがまま・自己中な状態は、他者を尊重できず、相手の領域を冒してまで自分を押し通そうとします。


一方、自分軸は自分の考えはしっかりあるものの、「それは自分の意見であり、他者には他者の意見がある」と他者を尊重します。

  • 自分軸…自分と他者を尊重する
  • わがまま・自己中…自分考え=他者の考え。自分が正義他者を尊重できない

そうした時、わがまま・自己中な状態とは、芯のある人物とは言えず、他者を自分の正義感で振り回してしまう状態です。


自立しているのではなく、実は不自由な他人軸と言えます。


下記に【自己中・わがまま・自分勝手】な状態と【自分軸】の違いをまとめます。

自分軸自己中・わがまま・自分勝手
状態自由不自由
他人への尊重ありなし
他人との境界線ありあいまい
自立ありなし
責任ありなし

【実例紹介】これは自分軸? わがまま? 

これは自分軸かわがままかの実例紹介イメージ

ここでは、自分軸な状態なのか、わがままな状態なのか、いくつか例を用いながら身近な出来事を見ていきましょう。


自分軸とわがままの違いはよくある「自由」と「勝手」の違いにも似ています。


周囲で起きている出来事も思い出しながら見ていってください。

CASE1:就職活動

相談者

親が心配して就職活動に口を出してきましたが、反対を押し切って自分の希望の企業に就職を決めました。

自分の人生なので、自分でいいと思った企業に入りたいと思ったんです。

このケースは「自分軸」での行動になります。


彼女は自分の「こうしたい」という気持ちを大切にしています。


むしろ、娘の人生にあれこれと口を出してくる親側が娘に自分の正義感を押しつけてしまっています。


「娘の人生は娘のもの」として、相手が望むように体験させてあげることが応援と言えるでしょう。


ただ、親なりの心配あっての行動なので、その気持ちも無碍にはできないところ。


「ありがとう。でも私は私で選びたい」と伝えられるとベストかもしれません。

CASE2:ドタキャン

相談者

友人と会う約束を直前になってドタキャンしてしまいました。

どうしても気持ちが乗らなかったんです。

悪いなぁって思って素直に謝ったけど、友人は怒ってしまいました。

素直に謝ったのに、怒るなんて最低。

この例は「素直に謝ったのに、怒るなんて最低」と相手が自分を許して当然と思ってしまうところがわがままになってしまいます。


相手の気持ちは相手のもの。


あなたはコントロールをすることができません。


ドタキャン自体は一見「わがまま」と思えますが、致し方ないシーンもありますし、それをわがままと捉えるかどうかは実は相手次第。


嫌な気持ちを押し殺していっても、それが双方にとってよいことなのかはそうであるとは断言できません。


「いやだったら断ってほしい」と思う人だっているのです。


ただ、自分の行動を「許して当然」と相手にあなたの正義を強要をしてしまうとわがままになってしまいます。


「相手の気持ちを尊重しているか」「自分の正義感を押しつけていないか」


自分軸であるか否かはその点を判断材料にしていくとよいでしょう。

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