“人は鏡”の意味とは?鏡に映った4つの自分の姿とその乗り越え方

鏡を見る人のイメージ
相談者

大嫌いな人の悪口を言ったら、友達に「人は鏡なんだよ~」って言われた!
でも、私は絶対あんな人じゃないのに……。
人は鏡ってどんな意味? 私はあの人にそっくりなのかな?

ゆめ

確かに「人は鏡」ってよく言われるけど、どういう意味なのか、ちゃんと説明されていないよね。
今日はそのことを話していこう!

「人は鏡」「人は自分を映し出す鏡」とは、よく言われるものです。

けれど、気に入らない人のことに対して、誰かに「人は鏡なんだよ」なんて言われたら、うっと喉元が詰まる思いがしてしまうかもしれません。

もしくは、「私はあんな嫌なやつじゃない!」と反抗したくなるかもしれません。

その気持ちはとてもよく分かります。

けれど、「人は鏡」という言葉、その意味するものの本質を知っていれば、その言葉に対する抵抗感も和らいでいくかもしれません。

「人は鏡」という言葉の意味や、その鏡に映る自分とは一体どんなものなのでしょうか。
そして、その自分はなにを教えてくれているのでしょうか。

ここでは、「人は鏡」という言葉を心理学的に掘り下げて、解説をしていきます。

「人は鏡」という言葉の意味を理解し、身近にいる嫌なあの人との付き合い方をより健やかなものに変えていきましょう!

////////////////////////// //////////////////////////

“人は鏡”という言葉の意味

“人は鏡”という言葉は、人の「反応」を指すものです。

ある人を見て、嫌悪感や好感が湧いてきた時、その人の持つ何かに“自分の感情”が反応をしているのです。

特に嫌悪感や好感は無関心よりも強い反応です。

「あの人のこんなところが嫌い」「腹が立つ」「ズルい」、もしくは「すごい」「憧れる」という感情を伴う反応こそが、自分がその出来事をどう捕らえているのかの価値観をあぶりだす大切なキーワードになってきます。

その意味で、“人は自分の価値観をあぶりだす鏡”と言えます。

つまり、“人は鏡”とは「目の前のあの人とそっくり!」ということも場合によっては含みますが、それだけではなく、あなたの心に湧き上がった「大嫌い」という反応を通して、「そこにあなたの価値観が映し出されていますよ」ということなのです。

その反応を探っていくことで、自分の価値観に辿りつくことができます。
そして、自分の価値観を知ることで、毎回似たような人に会うと過剰反応をしてしまう自分の心をより健やかな方向に導いてあげることもできます。

人は自分をより健やかに導いてくれる鏡なのです。

では、一体その鏡に自分のどんな価値観が映し出されているのかを具体的に見ていきましょう。

相談者

なるほど!
人には「自分の価値観が映し出されている」ってことだったのね。

ゆめ

うん。
じゃあ、具体的に「一体、どんな価値観が映し出されているのか」を話していくね。
そもそも価値観は私たちのどこにあると思う?

相談者

価値観がある場所?
そんなこと考えたこともない!

ゆめ

価値観っていうのは、私たちの潜在意識のなかにあるんだよ。
そして、潜在意識には2つの大きな特徴があるの。
それが、「時間の概念がない」ことと「人は判別できない」ってこと。
この2つの特徴がポイントになってくるよ。

鏡に映る価値観1:自分への禁止令

人は自分への禁止令があった時、それをいとも簡単に破る他者を自分と同じように罰したくなってしまいます。

「こんなことやってはいけない!」
「これやるのはズルいことだ!」

本当は、あなたが自分に言っていることなのに、人を判別できない潜在意識はそれを理解できません。自分が自分に言っていることは、人にも言いたくなってしまうのです。

だから、あなたの禁止令を破る人をあなたは嫌悪したくなってしまいます。

と同時に、
その禁止令は本当はあなたが自分をそこまで縛り付けてしまっているというサインでもあるのです。

他者を見て、「こんなことやってはいけない!」「ズルい!」と言いたい時、自分に厳しすぎることをまず認めてあげてください。
次に、そのやってはいけないと思っていることを少しずつでも自分が「やってもいい」と赦すことで、他者にも寛容になれるようになっていきます。

例えば、誰かに「人に頼ってばかりでずるい!」と思うなら、もっと自らが頼って人に甘えてみることで、頼ってばかりの人に過剰な嫌悪感を覚えず済むようになっていきます。

POINT
  • ズルい、やっちゃダメだ! そう言いたい時、あなたはあなたに厳しすぎるかも……。
    ズルいと思うこともやって、自分を甘やかしてみよう。

鏡に映る価値観2:自分の影

人には、嫌いな自分というものがあります。

例えば、読書好きでおとなしく、いわゆる世間でいうところのインキャ気質だった学生時代にいじめに遭ったとします。

そして、そのいじめはただの子供の気まぐれだったかもしれないのに、いじめられる側は自分に非があるのではないか、と思ってしまうことがあります。

例えば、「私がこんなに根暗だからいじめられてしまうのだ」と……。

それから、そんな根暗な自分を嫌い、大人ってなって、明るくおしゃれで、みんなでわいわいするのが好きな気質へと生まれ変わり、過去の根暗な自分は暗黒時代として封印をしたとします。

あんな自分はなかったことに……。

そうした時、現実世界で「自分が嫌う過去の自分に似たインキャな人」を見つけた時、なんだかイライラしたり、腹が立ったり、物申したくなってしまいます。

「そんなんじゃ、あなたダメだよ!!」と言いたくなるのは、相手がいけないのではなく、あなたがその自分のキャラクターを嫌っているから、そう言いたくなってしまっているのです。

なぜなら、潜在意識は過去も人も関係ないから、あなたが嫌う「インキャ」にだけ過剰反応を起こしてしまうのです。

それは、あなたが本来のキャラクターを否定している証。

誰かを変えたくなったり、相手が求めていないのに助言したくなった時は、あなたが自分に対し、「こんなんじゃダメだ、愛されないよ」と言っているサインなのです。

自分が嫌っている自分のキャラクターを赦し、愛していくことで、目の前の相手も自然と赦せるゆとりを取り戻せるようになります。

また、心理カウンセラー心屋仁之助さんの書籍「光と影の法則 完全版」では、他者に映し出された影の自分を詳しく解説しています。
学びを深めたい方はこちらもチェックしてみてください。

POINT
  • 自分が嫌う自分のキャラクターを愛する努力をしよう。影の自分と仲直りができたら、目の前の相手も自然と赦せるよ。

    例:「あなたを暗いって、インキャはダメだって否定してごめんね。これから私は影の私を愛していきます」

鏡に映る価値観3:自分の正義感

人はそれぞれ「これよかれ」という正義感を持っています。

心理学やカウンセリングの世界ではそういった「これよかれ」という判断をすることをジャッジをすると言います。そして、ジャッジを止めていきましょうと言います。

なぜ、これよかれというジャッジを止めていく必要があるのか……。

それは、行き過ぎた正義感は同時に「これはいけない」という悪を作り出してしまうからです。

自分のなかの正義感を強く握りしめてしまうと、時に人を非難したくなってしまいます。

なぜなら、人を判別できない潜在意識のなかのマイルールは他者へも同じように適用されてしまうから……。

「こんなこと間違っている!」「あなたはいけない!」と人を非難したい時、あなたの強すぎる正義感が発動している可能性があります。

そういう時は、相手を裁いても現実は変わりません。

善悪の裁判はあなたのなかで行われていることなので、まず、自分の心のなかと対話をしてみましょう。

  • なぜ目の前の相手が赦せないのでしょうか?
  • どうすることがあなたの正義なのでしょうか?
  • あなたの正義を貫くことで守りたいものはなんなのでしょうか?
  • あなたの正義を貫くことで叶えたい願いはなんなのでしょうか?

あなたの正義感には必ず、「願い」と「目的」があります。それを自分との対話のなかで見つけ出してあげてください。

素行の悪い人を裁きたい時、例えば、あなたの正義感は「だって、良い子にしないと愛されないと思った……」と言うかもしれません。

正義感の本音と聞き出せたら、次に正義感が欲しがっているものをあなたが与えてあげてください。
上の例の場合は、良い子にすることで「愛」を欲しがっているのです。

十分に「愛」を感じ、満たされると正義感は落ち着きを取り戻して、他者を裁かなくても済むようになります。

POINT
  • 正義感は「●●じゃないといけない」と思っている訳があるよ。その訳を聞いて、本当に欲しがっているものを与えてあげよう。

    例:「良い子にしないと愛されないと思った……」と言うのなら、あなたが「愛しているよ」と言って自分を抱きしめてあげるんだ。

また、正義感が強すぎる人は脳科学者・医学博士の中野信子さん著の「人は、なぜ他人を許せないのか?」もおすすめ。
こちらは 脳科学の面から「赦せない!」という人の感情を紐解いた興味深い一冊です。

自分と脳を理解し、心穏やかに生きるコツが散りばめられています。

鏡に映る価値観4:自分の肯定感

鏡に映るものはこれまで伝えてきた課題だけではありません。

「この人すごいなぁ」「憧れるなぁ」「好きだなぁ」

そんな肯定的な感情が湧く理由は、自分のなかにある肯定的な自分像を他者のなかにも見つけているというサインでもあるのです。
特に憧れという気持ちを持っている場合は、その憧れている人と同じ要素があなたのなかにもあるということ。

真似るという言葉は、元々学ぶと同じ語源の「まねぶ」から来ていると言われています。

その人の行動や考え方を真似て学ぶ「まねぶ」ことで、憧れのその人の思考や行動に近づいていくこともできます。

鏡に映った肯定的な感情を利用して、自己成長に繋げることもできるのです。

POINT
  • 鏡のなかの憧れは、あなたが認めている自分のなかの光が他者に映り込んだもの!
    真似て学んで、自己成長に繋げよう。

鏡に映し出された“自分”との向き合い方

他者と通した鏡のなかには、実にさまざまな自分が映し出されています。

自分が否定した自分、大嫌いな自分、こうじゃなきゃいけないというルールや正義感まで……。

けれど、大切にしてほしいのは、それがいい悪いということではなく「すべては本来の自分に還るために与えられたチャンスだ」という基本姿勢です。

嫌っている相手がいたとして、その相手に自分の影が映し出されていたとします。

そうした時、「見たくない自分だ」と逃げ腰になるのではなく、可能な限りでいいので「これは私が嫌ってきた影の自分が、目の前の他者を通して私のなかに還りたがっているんだ……」と捕らえる癖をつけてみてください。

そう思えるようになると、自分の影を愛す努力も惜しくなくなり、結果、物事の解決スピードが早くなっていきます。

そして、影の自分を受け入れられると、似たような他者が目の前に現れても過剰反応をしない自分に自然となっていくことができるのです。

それを繰り返すことで自己成長になり、人としての器が広がっていきます。

“人は鏡”

その言葉の意味を正しく理解し、鏡に映し出された自分を愛す訓練を重ねてみてください。

////////////////////////// //////////////////////////

【注意点】すべてを好きにならなくていい

最後に、「鏡のなかの自分を愛す訓練」を重ねる上で大切な注意点だけお伝えします。

他者は自分を映し出す鏡であることは事実ですが、すべての他者を赦し、好きになろうとはしないでください。

ここは私が課題に取り組んできたなかで躓いた点でもあるのですが、
「“人は鏡”だ、課題は相手にではなく私のなかにある」
ここまでの考え方はいいのですが、課題を乗り越えた時、目の前の他者を好きになるとは限らないのです。

「過剰反応しなくて済むようになる」というのが正しい乗り越え方です。

そもそも、本質的に合わないものを無理に好きになろうとすると自分が苦しくなっていってしまいます。

「自分のために、自分の課題を乗り越える」が本質であって、自分の感性を無視し、自分に嘘を吐き、すべての人に博愛的になろうとは決してしないように心掛けてください。

苦手な人はこの世界にいてもいいのです。

まとめ

いかがだったでしょうか。

目の前の課題や嫌いなあの人も本来の自分になるためのプレゼントや訓練だと思えるようになると、見える景色も変わってくるかもしれません。

ぜひ、参考にしてみてください。

いいね!と思ったらシェアをお願いします

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です