親の死後に行うこと
そうして、「後悔を残さない」ことを目的に行動をした後、実際、親が死というものがやってきます。
後悔を浄化するために、親の死後には次の4つのことを行っていきましょう。
- 瞑想で親と対話をする
- 積極的に人に頼る
- 死によって与えられたものに目を向ける
- 自分の人生に目を向ける
それでは、それぞれのことを掘り下げていきます。
後悔を浄化する死後の過ごし方1:瞑想で親と対話をする
いくら後悔をしないよう万全を尽くしていても、後悔という気持ちは後からいくらだって湧き出すものです。
「一片も悔いなし」というのは、なかなか難しいものです。
私自身も「もっとこうしてあげればよかった」という気持ちが母の死後に湧き出し、自分を責めたことがあります。
私が抱いた後悔とは、このようなものでした。
母は一時、ガンが小さくなった時期があり、医者から「今なら切除できる」と言われたことがありました。
その時、母は「このまま自力でガンを消失できる!」と信じて、手術を断りました。
私は「切除した方がいい」と伝えたのですが、最終的には本人の意思を尊重しました。
「あの時、もっと強く切除を勧めていれば!!」
私は「自分の言動で母が生きられたかもしれない未来を絶ってしまったのではないか」と自分を責めました。
この時、私は「亡くなった人と対話をする瞑想」というものをYouTubeで探し出し、その誘導瞑想を使って、母と対話を試みました。
「死者にはもう会えない」
「対話もできない」
多くの人はそう思っていますが、そんなことはありません。
このような瞑想を使えば、あの時の思いを聞き出すこともできるのです。
また、このような瞑想で出会った親を「自分が勝手に作り出したイメージなのでは?」と疑う気持ちもあるかもしれません。
ただ、イメージだっていいのです。
目的はあなたの心を後悔という呪縛から解き放つことです。
その目的のためにこういった瞑想もぜひ取り入れてみてください。
私は瞑想の中で母と会い、「切除を強く勧めなくてごめん」と伝えました。
母は笑ってこんなことを言いました。
あなたは勧めていてくれたよ。それを断ったのは私。あの時、私は人の意見を受け入れるという意識がなかった。
自分だけが正しいと信じていた。
私は、小さな頃から親のいうことは間違っていると思って、意見を聞かずにいた。
自分の正しさは自分が知っていると信じて疑わなかった。
でも、あなたがよりよいマットレスを選んでくれたり、着心地のいいパジャマを買ってくれたことで、自分がこれがいいと信じていたもの以外にもよりよい選択はあるのだと知った。
あなたが、「癌で併発した腸閉塞がよくなれば、ご飯が食べられて体力を取り戻せるのではないか」とこっそり人と話していたことがあるでしょう?
それを聞いて、腸閉塞を緩和する手術を受けようと決めたの。
手術の前に私が逝った理由は、「人の意見を受け入れる」という自分の課題がクリアになったから。
だから、「頑張ったね」とお迎えがきたのよ。
誰も悪くない。
大切なことを教えてくれてありがとう。
その言葉を聞いて、「ああ、私は悪くなかったんだ」と自分を許すことができたのです。
母の言葉は私の心の一番深いところの染み込み、涙が溢れてきました。
悲しみの涙ではなく、後悔から解放された安堵の涙です。
このように、「自分がこうしてあげればよかった!」という後悔の念は、本人からして見れば「そんなこと気にしないで」と思っていることが往々にしてあります。
自分の勘違いによってほつれた糸を解いてあげることは、あなた自身が解放されることでもあります。
自分の心を思って、瞑想で親と対話をするということをやってみてください。
私が実際瞑想で使った動画はこちらです。
後悔を浄化する死後の過ごし方2:積極的に人に頼る
親の死後も積極的に人に頼っていくことは大切です。
それは助けを得ることで、悲しみだけでなく、周囲の愛にも目を向けることができるためです。
親の死を報告するなどした時、親族や友人から「何か助けられることはある?」という言葉をたくさんいただくことでしょう。
役所の手続きなど、あなたがやらなければならないような仕事もありますが、それ以外の面で頼れるところは頼っていきましょう。
私は母が樹木葬を望んでいたので、「樹木葬でよいところはあるか?」などをお寺が実家の友人に聞いたりしました。
そのほか、「よければ今度久々に食事でも」と会う機会をもらったりしました。
頼れることがなくても、ただ話を聞いてもらうだけでもよいでしょう。
悲しみや後悔の気持ちなど、誰かに聞いてもらうことであなた自身も楽にもなっていきます。
自分のことを自分の中だけに留めず、気持ちや仕事をシェアしあうことで、あなた自身も自然と外側に目を向けられるようになっていきます。
後悔を浄化する死後の過ごし方3:死によって与えられたものに目を向ける
死とは、この世の中の全ての人に与えられた約束事です。
人として生まれた以上、いつか必ず死んでいきます。
そして、「死」とは本来よいことでも悪いことでもなく、ただひとつの節目のような出来事なのです。
よく「死=暗く悲しいもの」というイメージを抱きがちですが、実はそれだけではありません。
死という出来事があったからこそ気付かされたもの、もたらされたもの、与えられたもの。
そんなものもあるはずなのです。
悲しみが心を支配している時は気づけないかもしれませんが、「死そのものが生きている以上自然なこと」ということを念頭に親の死後の世界を見渡してみると、実は見落とされていたプレゼントの存在に気づいていくことができます。
私が気づいたプレゼントは次のようなものでした。
- 周囲の人の愛に気づいた
- 遺された家族の絆に気づいた
- 今ある出来事のありがたさに気づいた
- 現代の闘病生活の課題に気づいた
- 自分がどう生きていきたいかを考え直すきっかけになった
まずはたくさんの人の愛、そして、絆という繋がりです。
死という出来事には、普段は疎遠になっていた親戚も「助けになるよ」と集まってくれます。
私はたくさんの人の支えで成り立っているのだという実感を持てた時、感謝の気持ちが自然と湧き出してきました。
そして、闘病生活〜親の死のなかで「もっとこうであったらいい」などの課題にも気づくことができました。
助けが必要な側(患者とその家族)と助けたい側(地域の人、親族、友人)をもっとスムーズに繋げるアプリがあるといい、という新しい構想も生まれました。
そのように気づけたのは、私が実際、親の死を受け止めるという経験をしたためです。
この視点は親の死という経験がなければ生まれないものでした。
さらに、自分の人生を考え直すきっかけにもなりました。
親の死という人生のなかでも大きな出来事を通して「自分はどうしたいのか」という原点に立ち戻ったのです。
このように、死という出来事は何も悲しみや苦しみだけではありません。
死には愛があり、感謝があり、次の成長のための気づきや課題があります。
そのような視点を持って物事を眺めると、悲しみや後悔だけに心を支配されずに済み、また孤独からも解放されていきます。
後悔を浄化する死後の過ごし方4:自分の人生に目を向ける
先ほどの「後悔を浄化する死後の過ごし方3:死によって与えられたものに目を向ける」でも紹介しましたが、自分の人生に目を向けることで、後悔という自分を責める気持ちから前向きになっていくことができます。
あなたの人生はあなただけのものです。
親が死んだあともあなたの人生は続いていきます。
親の死ということだけに心を支配されてしまうと、その後の人生に暗い影を落してしまいます。
そのためまず、あなたが自分の人生を通してどんなことをしていきたいのかを夢見ていきましょう。
そして、これまで人に助けてもらったように、人の助けや協力を得ながら、その夢を叶えることに少しずつ比重を移していきましょう。
夢と言っても何も大きなものでなくてもいいのです。
- 今ある自分の家族を大切にする
- 日々を大切に生きる
- 自分の気持ちを我慢せずに表現する
など、やりたかった小さなことに目を止めて実践していってみてください。
あなたの愛ある行動は、その後のあなたの人生をきっと明るく照らしてくれます。
まとめ〜親の死を迎える子供にも心ケアを〜
人生を歩んでいくと誰しも直面する「親の死」という出来事。
後悔という自責の念によって、子供がその後の人生を断罪のように生きてはいけません。
天国に行った親が望むことはたった一つ。
あなたの幸せです。
後悔の人生を生きないために、親の死期が近づいたと感じたら、次の4つのことを実践していきましょう。
- 死と向き合う
- 死を念頭において、今やれることをやる
- 感情を我慢しない
- 積極的に人に頼る
そして、親が亡くなった後には次の4つのことを実践していきましょう。
- 瞑想で親と対話をする
- 積極的に人に頼る
- 死によって与えられたものに目を向ける
- 自分の人生に目を向ける
後悔をせず、死という出来事を通して得た様々な気づきをさらにあなたの礎に変えて、あなたらしい人生を歩んでいきましょう。
それでも、死後悲しみが癒えない場合は、専門家のカウンセリングも積極的に取り入れてみてください。
私もオンラインでカウンセリングを行っています。
同じ親の死を経験した者として、私はあなたを応援しています。
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